さ か な

ポコペンさん、sakanaのライヴでは拝見したことはもちろんありましたが、
人生で初めて対面しました(後ろをささっと通ったことはあったのだけど)


ずっと前にライヴで観た時からポコペンさんの見た目が変わってない、のでやっぱり時間がない世界なんだなと思って、それとは別に、私はなんだか他人と思えない(すみません)、なんというか、落ち着きがない(すみません)
いやー、貫禄がない、ってなんて素敵なんだろう!(素敵でしたほんとうに)
そして西脇さん、すごく優しそうだ、いいな!


sakanaさんの演奏に感じいったら
その日、自分達がどうすればいいかわかった
そうだ、戻るだけ、あの水に帰ればいいんだ

先日、勝井さんとご一緒したときに、演奏途中に、ふと勝井さんが「さかな・・」といったので、?と思ったらこのことだったのかと


テニスはケンカばっかりして、この日のリハでもsakanaさんに笑われて、でも笑ってもらえるくらいがいいのかな。実はシリアスですけど、ってゆったら、ニコラスとエンジェルが、「はぁ?」って
このように次第に取り合ってもらえなくなっていって、、それぐらいがいいのかも

Who cares?

冬の凍みつく、だからといっていなくもなれない寒さん中やってきたミックス、を再度(さいさん)やり直すことにきめた、三月。
誰だっけ、そこからもう一度さらに頑張る、もう一度、もういちど、と詠んだのは。そんな詩があったっけ。
ほんとうにそう、実際にやってみないとわからなくて、来れない場所にいる。
そこでぼんやり違う方向を見ながら、タカシと音楽が一致するのを待っている。
テニスがこのまま作品を上げれなかったら、という今までだって何度も経験してきたほずの不安や焦り、これは何だろう。でも、これがなかったら、サクラの美しさにもそれほどみとれなかっただろうな。
音楽で悩んできたこと、上手くいかないライヴ、それらずべてが私の見るものに映っている。


今、来日中のニコラス・ケルゴビッチさんのWho Cares?の歌詞の日本語訳を写します。


誰も気にはしないさ 僕が一睡も出来なかったところで

誰も気にはしないさ 僕がきちんと振る舞わなかったところで

最高の状態だったところで 調子良さそうに見えたところで

僕の両目が 理想的なコンディションだったところで

今はもう訊かないで欲しい 何一つ僕は駄目だから


誰も気にはしないさ 僕が見当たらなかったところで

孤独なうめきを 最後に響かせたところで

再び春が訪れるのなら まったく同じように歓迎するよ

見返りを求めなければ 逃れるゲームの一つもありはしない

だから僕は僕の暮らしを営む 何に導かれることもなく

そう最後の一つは決まってクズさ

とがめる相手は自分だけ でも誰も気にはしない

誰も気にはしない 誰も気にはしないさ



この日記、誰が気付くかな?

Lameduse

地元、大泉学園のフランスお菓子屋さんの最後の日(お菓子がある最後の日)、その日初めて入ってみたという女のひとについ、写真を撮っていただけませんか、とゆったところ、快く撮ってくれた。
なんか、この1枚がとってもすきです。人はうつっていないけどなんだかぜんぶ入ってるなー、って納得してしまったのでした。

(ちなみに、上の看板の黄色い月?は私が描いたのです。ビルさんのカバーの歌詞になっています。横のふわふらしたクラゲ?は北本のつじむらさんが描いたのです)

バンドと関係なく、人と出会う場所にいけたのはとても新鮮でした。
店主がテニスをよくかけてくれていたけど、お菓子を買いにくる人はそんなの知らない。
ここを通じて大泉が大好きになった、いままでも好きだと思ってたけど、自分で見えない線を引いてたみたい、
自分から知らない人にも話しかけるきっかけをもらいました。

別のお客さんと、このお店のお菓子がいちばん好きか、という話になって、ついその場にはない、ジャム!とゆってしまったんですけど、今食べたいのはマロンパイ。ゴールデン・マカロンはすぐ売れてなくなるので、近い将来大泉の通貨として通用するんではないかという話もありました。


よい写真だな、また会えるかな


ザ・パンダの旅

ども!神戸からやって来ましたパンダくんは、その佇まいのよさで一気にみんなの人気ものです。
性格もよさそう。きっと、うちの大ネコ、フェイヒイとおんなじくらい。

人との会話では、何度も話して呼吸を掴んでいくものですが、このパンダくんと話していても、間が空いたりすると、あっ、私、なんか今違うことゆっちゃったかもと思ったりして、学びがあります。

そうやって上手くなっていけばいいと思います。



さて、パンダが来てから、お家のなかが明るくなりました、すっかり鬱知らずです!
とか、
このパンダがいると、インスピレーションがどんどん湧いてきて何時間でも演奏できちゃうんです!
とあながち言えなくもないくらいのポテンシャルを感じている、

初夏。

すでに、パンダはラジオ(オールナイトインドフジUst中継)出演を果たしました。(余談ですが、とうてもいいイベントでした!)
そして次の日は、ライヴ(下北沢440)で勝井さんやカブサッキさんにも厚く迎えられました。(余談だけど、この日の演奏すうごく楽しかった!)
あのときのカブさんの「ほーお」という感嘆のため息が忘れられません。

明くる日、西に向かったカブサッキさんが向こうでも、パンダのお友達に会えるといいのですが。

そもそもこれをお店でみつけて、みんなで遊んだあと、買うのを実行したのは、梅田くんひとりでしたが、その時は、えっ買うの?これを?って思いました。
大したものです。

おんがくにおしえてもらったこと

6月30日
岩波書店で開かれた、大友良英さんのワークショップのゲストということで、話したり一緒に歌ったりしてきました。私は、普段はMCもままならないくらいで、トークなんてしに行って大丈夫だろうか?と思いながら緊張して行きました。一つ、大丈夫かも、と思えた要素が、この「学校でおしえてくれない音楽」というタイトルから、普通じゃなくてむしろよいのだろうと思ったし、もう一つ、前に、郡山のまなびやの授業を突如思い立って聞きににいった時、大友さんが話していた内容は、「全部ぶっこわしたい」という風に自分なりに受け取めれて、すごく響いたので、私が行っても大丈夫かなと思ったのです。

時間はあっという間に過ぎるよー、と伺いつつ、迎えた開始〜気付いたら、私は、小学校のときのステージ体験を話していました。合唱のクラスがとても厳しかったこと、それはスポ根的に楽しいものではあったけど、でも今考えると疑問もいっぱいある。歌のテストって何だったんだろう。あれが子供にかえって恐怖を与え、歌に対する苦手意識を植え付けるんじゃないの。また、ある日の朝会で、全校生徒の前で私はその日ひとりで歌うことになっていて、でも歌わなかった(歌えなかった)。あの時、良く言えば、自分の中で歌うと歌わないで葛藤があり、初めて反発もして、でも実は、クラスメートに対してカッコ良く見えたくない、ただのビビりとも言えるんだけど、とにかく、伴奏のピアノが鳴っている間、曲の終わりまでそこにぼーっとつっ立ったまま一言も声を出さなかったのでした。あの数分間はとても長くて、今でもありありと覚えてる。ともすると、この話は、そんな体験するなんてすごいね、みたいな話にもきこえるかもしれないけれど、根強くあったものなので、この話をさせてもらってすっきりしました。バンドやりはじめの頃によく見た夢で、さあやるぞって時に、ギターの弦が全部貼ってない、とか、ステージだと思ったら屋根の上にメンバー全員でいる、とか。最近でも、ピアノが弾きたい、とお願いしたら、会場中がおもちゃのピアノで埋め尽くされていた、これらは全部夢だったけど、悪夢は現実にもあった、というお話でした。(余談ですが、夢も現実なんだそうですが)

その、学校でうまくいかなかった音楽体験も、私の場合は不協和音やパンクのおかげで、別にいいや、と思えたわけです。むしろはみでることの方が大事になっていったわけで、と、そんな話をはじめたら、多種多様にみんなのシチュエーションがあるはずで、それ、全部きいていったら面白いだろうなあ。

声をだすときにフックがかかる、みたいな話が参加者の方からあったと思うんですが(私がまたも頭の中で変換してしまっているかもしれないけれど)、とにかく大きい声が出したい、という方でした。歌だと思って声を出す時に、別の回路が作動し、平素出している、あっ、て出せるはずの声よりも音量が明らかに下がる、というところに繋がり、深い話だなあと思うし、いくらでも掘っていけたなあ、と、やはり時間は足りない。自分でも、その境界のことはよく考えるし、合唱隊うんどら、をやっている時も個々の音量については考えています。

それにしても、大友さんは話が上手などころか、喋れないはずの私まで喋ってしまう、すごいなあ。あと、やっぱり大友さんのいるところは、演奏が愉しいし、どんな瞬間からも可能性を常に探している、まず自分が音楽からおそわるってことを大事にしているんじゃないか、と思いました。

そう、最後に会場にとびこみ、なんだここ?みたいな顔してた隆司といったらなかった。
スペシャルでございました。